オランダ出身のゴッホは、最後の印象派展が開催された1886年にパリに出ました。すぐさま印象派に影響を受けた画家は、オランダ時代の暗い色調とは対照的な、明るい色彩と闊達な筆遣いで描き始めます。やがてゴッホは、その内面の嵐を表現するかのような、力強い筆致と激しい色彩による独特の画風を生み出しました。ゴッホとゴーギャンが共同生活を試み、悲劇的な破局を迎えたエピソードはよく知られています。
そのゴーギャンは、第4回展以降、つづけて印象派展に参加していましたが、単純で力強い色彩の装飾的な画面に、観念的な主題を描く独自のスタイルを確立します。文明に絶望し、未開文化の豊穣さに楽園を見出したゴーギャンは、その後タヒチに向かい、人間の本質を追求した数多くの傑作を残しました。
ゴッホは、短い生涯の間に、40点ほどの自画像を制作しました。この作品では、印象派の筆触分割に影響を受けたタッチは長く引き伸ばされ、顔面には、赤と緑で大胆なアクセントが添えられています。ゴッホの真摯な眼差しが印象的です。
タヒチに出発する前に描いた最後の自画像の背景に、ゴーギャンは自らの姿を重ね合わせた崇高なキリストと野性的な性格が伺える画家自身を模った壺を描きました。二つの対照的な肖像に囲まれた自画像は、画家の新たな出発を示す宣言とも言われています。